2016年04月12日

新宿歌舞伎町交番/久保博司

新宿歌舞伎町交番
久保博司
講談社文庫(2006)



”ビール1本10万円のボッタクリバーのカモにされる客、援助交際する女子中高生、塒と食事を求めて集まる浮浪者、ゲーム店を根城にする覚せい剤の売人、増殖する中国マフィア。欲望あふれる街・新宿歌舞伎町にうごめく人々とそこで起きるさまざまな事件を、交番勤務の警察官の姿を通じて描く、迫真のレポート。”

 2003年に単行本で出された本の文庫化。
 人が「歌舞伎町」と聞いてイメージするあれこれが網羅的に書かれている、読みやすいノンフィクション・ノベル。
 毎晩入れ代わり立ち代わりでぼったくられては文句を言う観光客や出張サラリーマンの相手をしたり、元気なヤクザが交番の前に車停めて喧嘩売ってきたりと、苦労がしのばれる。ヘルス嬢が人生相談に来たり、寒いから仮病を使って入院しようとする浮浪者に騙されかけたりもする。
 一番おもしろいのは「第六話 歌舞伎町の浄化作戦」。違法な看板を工夫を凝らして撤去していくうちに街の人々の信頼を得ていくという話で、他の話と比べて希望が持てる内容になっている。
 本も終わりの方になると「中国マフィア」の存在が目立ってくる。もっとも、文庫版のあとがきによると2006年の時点では中国系は衰退し、山口組系に勢いがあるそうだ。
 最近出た本と比べて読むと、勢力の入れ替わりの流れが掴めておもしろいかも。

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posted by 雉やす at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

遺伝子捜査/ポール・モーンズ

遺伝子捜査
ポール・モーンズ
中村三千恵(訳)
二見書房(1996)



"一九八七年十二月、バージニア州アーリントンで残虐なレイプ殺人事件が起きた。死体は全裸のうえ、手を後ろ手に縛られ、首にはロープが巻きつけられていた。強盗殺人課刑事、ジョー・ホーガスはこの事件を捜査するうち、数年前に類似の殺人事件があったのを知る。また同じ頃、マスクをした黒人レイプ犯が頻繁に出没していたことも知る。そんな折、アーリントンから遠く離れたリッチモンドで同じような手口の連続レイプ殺人が起きる。はたして、同一犯のしわざか。やがてある黒人男性が容疑者として浮かびあがるが、決め手には欠けていた。米国では殺人事件にDNA鑑定が用いられたことはなかったが、ジョー・ホーガス刑事はDNA鑑定に犯人逮捕の最後の望みを託す…。全米裁判史上初めてDNA鑑定が犯人を死刑台に送った連続レイプ殺人事件の真相。"

 ノンフィクションノベル。FBIがプロファイリングを外したり、軽度の知的障害者を誤認逮捕して無理やり自供させて刑務所にぶち込んだりと、警察の残念っぷりがけっこう凄まじい。DNA鑑定の素晴らしさと同時に、それ以外の決定的な証拠を警察がまったくあげられなかったという事実を晒しあげている本でもある。容疑者を尾行中の刑事が容疑者の連れの万引きを現行犯逮捕したせいで容疑者に警戒されてしまうくだりなんか、まるで踊る大捜査線の「事件に大きいも小さいもない」の場面そっくりだ。
 DNA鑑定の科学的な側面の解説はほぼないし、犯人の動機、とりわけ手を後ろ手に縛った上でじわじわ絞殺する殺し方をする理由についても究明できていない。読んでて手応えがなさすぎるので、これでもしDNA鑑定が間違ってたらどうするのといくらか不安に思ってしまう。足利事件の例もあるし。
 フィクションなら落第点なんだけど、ノンフィクションなんだよなぁ。事実って怖えなぁ。

posted by 雉やす at 00:21| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

仕掛け花火/江坂遊

仕掛け花火
江坂遊
講談社ノベルス綾辻・有栖川復刻セレクション(2007)



"ミステリー、SFから時代物まで、ユーモアとノスタルジアあふれる絶品ショートショート39連発!!40年前の花火の弾けた思い出が目の前に蘇る「花火」。村長が旅人に猫の頭をかぶる奇習について語る「猫かつぎ」など。星新一氏が自ら「後継者」と認めた奇才のショートショート作品集がついに復刊。"

 ショートショートを評価するときの軸って、やっぱり「どんだけうまく落ちてるか」というところになると思う。この作品集もホラー風味のよく落ちてる話は分かりやすくおもしろいし、逆に奇抜な設定に落ちがついてきてない話は読んだあとすっきりしない。
 文章が上品なのもあって人情話や伝奇風の作品に幻想的な風味がある。『占う天秤』という一篇に出てくるふくろうおとこの外見描写なんかなかなかいい。

 "話しかけてきたおとこは、鳥のふくろうそっくりの顔かたちをしていた。顔の半分が目玉と言っても誇張ではない。落ちくぼんだ目の輝きはテーブルの上の二本のろうそくの炎と同じように、右に左に妖しく揺れる。目に比して口は小さく、顔はとても不安定に見えた。いつ顔が半回転しても不思議ではない。身にまとっている黒いマントにはびっしりと羽根が縫い込まれてあり、全身から夜行性の鳥独特の怪し気な雰囲気が漂っていた。"

 これに限らず地の文がよく、地の文がほとんどの回想形式で書いている『秋』という一篇なんかも起承転結整っている。逆に、会話文だけで済ませている幾つかのショートショートはあまりおもしろくない。
 星新一が短い解説を書いていて、「私はラストの効果よりも冒頭の異様さを重視しているが江坂さんはどうなるか見当もつかない形ではじめる」「私はいちいち伏線をつけるが江坂さんは省略している」というような、自身の作法と照らしあわせて比較検討している。〆は以下の様な文章だ。

"SFでもミステリーでもなく、奇妙な味でもファンタジーでもない。なにか独自な世界を創ろうという意欲が、はっきり伝わってくる。私も民話的なものまで手がけたが、古くからの流れを脱皮しきれなかった。その先のユニークな世界を、この作者がどう拓くのか、楽しみだ。"

 これを読んでからふくろうおとこのことを思い返すと、なるほどなと思えてくる。俺なら神話に寄せて「いぬ」にしてしまうかもしれない。どうして占い師にふくろうを選んで、どうして占う方法に天秤を選んだのか。出来上がりからたやすく推測できるような安直な組み合わせではない。それでいて、「異様さ」はたしかに発揮されている。
 星新一の言うように「ラストの効果より異様な冒頭」という価値観に乗るなら、この作品集はなるほどハイレベルだし、必ずしも異様なものを解体して落とし話にしないのも、「その先のユニーク」の一つの形ではあるのだろう。

posted by 雉やす at 00:17| Comment(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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