2023年04月29日
スマホのない地獄を歴史もの同人誌とテレビとネタ出しで乗り切った話
例によって放射線ヨードのカプセルを飲んで3泊4日隔離される治療を受けた。
これの何が辛いって体液から放射線がゆんゆん染み出てくるから、その間スマホに触れないところにある。
退院前に線量を計り、基準値を下回れば退院できるのだが、もしスマホをべたべた触っていると、その時になって「あ、スマホの線量高いですね、置いて行ってください」ということになってしまうからだ。
つまりスマホ以外の暇つぶしがなくてはならない。
「じゃ、読書をすればいいじゃないか」と思うだろうが、それも簡単ではない。読む本が必ず「読み捨て」になるからだ。
前に入院したときは「トルストイなら持つだろ」と思って「アンナ・カレーニナ」を持っていたのだが、カプセルのせいで倦怠感と吐き気がある中トルストイ単品はあまりにも重く、結局終盤手前の一番いいところで気力と時間が尽きてしまった。そして続きを読もうと思ってももはや捨ててしまっている。
というわけで今回は実家に転がっていた週刊誌を何冊かと、いつか昔の文フリで買った早稲田大学戦史研究会の「烽火」の7巻8巻を持って行った。これだって1冊1000円はするぜいたく品である。が、しょせんは学生の論文、読み捨てするにはちょうどよかろう。――と舐めていると存外レベルが高くておもしろかった。
特に8巻が全体的におもしろく何度か読み返すことができた。ウクライナ・コサックや佐々木武雄についてずいぶん詳しくなった。杉山城を細かく分析した論もおもしろかった。縄張りだけ見ると後北条氏の城だが実は扇谷上杉・山内上杉時代のものではないかという大意。YOUTUBEでその辺りの時代の動画を見ていたので実にタイムリーだった。逆にこのタイミングでなければおもしろくなかったかもしれない。
ロシアウクライナ戦争、首相へのテロ、YUKIMURAさんの動画。この辺りの事情がなければ俺の中でまったく興味がわかず正当に評価できなかったかもしれない。そう思うと歴史系の論文なんて読み手次第だなとも思ってしまった。
つまり本来読み捨てにちょうど良かったはずの同人誌が、時勢に合っていることや俺の感度がよかったことで「え、これ読み捨てるのもったいな……」という感じになってしまったのである。とはいえ、もちろん捨ててきたんですけどね。
〇
いちおう温情で部屋にテレビを置いてくれている。
が、一日中テレビを見ているのはまじで苦痛だ。特に昼間の使いまわしワイドショー無限ループがきつい。どの局に回しても入ってくるニュースはほぼ同じ(オータニサンと酒の悪魔の無限ループ)。
一応その中でもピンキリはあって、ABCがやっていた「ウクライナの戦況まとめ→ロシアの軍事ブロガーについてのまとめ」の流れはかなりよかった。夕方ニュースの雰囲気も阪神ファンには心地よい。
ゴールデンタイムは「それって実際どうなの課」と「魔法のレストラン」がおもしろかった。どうなの課は企画が尖ってて見ごたえがあり魔法のレストランは出てくる店の料理がまじでうまそう。
だいたい今のゴールデンタイムはグルメ番組とクイズ番組ばかり。
最悪だったのがサンドウィッチマンのやつ。ゲストで上沼恵美子が出てきて自分の行きつけの高級焼き肉店を厭味ったらしく妖怪みたいな厚化粧で紹介してくる。みたいな、というかそのもの。長い間テレビに出て偉くなりすぎたせいで誰もいじれない高い肉を食う悪魔。ただでさえ食欲不振だったのに追加でダメージを受けてしまった。グルメ番組はさ、清潔感なのよ。清潔感。
あとは安定の「なんでも鑑定団」を久しぶりに見て、毎週録画しようと思った。先生方長生きだよなぁ。
「映像の世紀」もおもしろかったんだけど「戦後0年のドイツ」は入院中に見るにはきついって……。でもナチズムで血筋を誇ってた連中が占領軍のレイプのせいで血が混ざって物理的に不可逆になる展開は因果応報でよいなと思った。
そうやってテレビばっかり見てると「ナンシー関」というテレビ評論家がいたことを思い出した。スマホがない時代に毎日毎日テレビばっかり見て角度のついた感想言って……。今となってはずいぶん辛い生業に思える。でもよく考えれば昔はみんなそうだったんだよな。夏休みの地上波なんか苦痛で仕方なかったもの。
回りもしない1円パチンコに毎日来るおじいちゃんおばあちゃんの気持ちが今となってはよく分かる。同じ「面壁九年」をやるにしてもある程度自分でコントロールが効くパチンコの方がまだましかもしれない。少なくとも時間が経つのは圧倒的に早い。
〇
そうして本も読んでしまい、テレビも消してしまうと、いよいよ長い夜だけが残る。
仕方がないから小説のネタ出しでもすることにした。
ピッコマの原作募集の「ロマンス×子供」というお題があったのでそれのあらすじを考えていたのだが、あまりに夜が長いせいで一泊目の時点で「第三部完」までできてしまった。予定ではそれについて唸るだけで3泊消化できるはずだったのだけど……。
しょうがないからニュースや時事に絡めた連想をつらつらと飛ばしていると、頭にロスでゾンビみたいに徘徊しているジャンキーどもの映像が流れてきた。伊藤計劃の「哲学的ゾンビ」についてのエッセイやドストエフスキーの「悪霊」なんかに連想が連なっていく。極めつけはニュースで見た上海モーターショーのアイス騒ぎで、あ、これだとピンときたものがあった。
今の時代「虐殺の文法」なんてもういらないのだ。文法ではなくワンアクション、ワンセンテンスでよい。差別ないしは差別用語一つぶち込めばそれが一瞬で波及して悪性のハーモニーが響き渡るのである。
でこの「差別用語ぶっこみ」というインハイビーンボール使いが日本の純文学にも存在する。中上健次という作家で、平文に「白豚」だのなんだの平気で混ぜ込んでくる。あまりの口当たりの悪さに苦手でしょうがなかったが、ポリコレアンチテーゼとしての価値は今や高まっていると言ってもいいだろう。
以下あらすじ
うらぶれた大学生Aの両親が旅行先のロサンゼルスで殺された。徘徊する薬物ゾンビどもを一掃しようとしたショットガンデブ(もちろんそいつもジャンキー)に巻き添えでスラッグ弾をぶち込まれたのである。オータニサンを見に行こうというミーハーな行動が裏目に出たのだ。
ただただ不運としか言いようがない両親の死にざまに、Aは気力がなくなってしまい大学に行かなくなった。遺品を整理するうちに祖父の家のボロ空き家をこれ以上放置しているとまずいことに気が付き、整理するため和歌山に向かう。紀伊の田舎にポツンと取り残されたような家を片付けていると、そこで孤独死した祖父の怨念と習合した野良犬の霊に取り憑かれてしまう。
「吠え方が思い出せない」「思い出せたら成仏してやる」という霊の求めに応じるままに和歌山を旅しつつ、口の悪い田舎の老人の霊を食わせながらのんびりしていると、たどり着いた南紀白浜の砂浜で大物の習合霊に出会った。
口と無数の手しかないその霊は無数の手でAを指さして「脳なし」「親なし」「猿」「ホビット」などとありとあらゆる罵詈雑言を同時に発することができた。あいつを食えれば吠え方を思い出せるんじゃないかとAと犬は思ったが、霊が空にふわふわ浮かんでいるせいでなかなか手が出せない。
手が出せないうちに夜が来る。海岸から少し外れた焚き火台では焚き火が灯り、それに釣られるように習合霊はふわふわと動き始めた。
焚き火台ではあらゆる性別・年齢・人種の人間たちがいて思い思いに自分語りを繰り広げていた。まったりしたポリティカル・コレクトレスな雰囲気をさっそく習合霊がぶち壊しにかかる。手近な中国人に「武漢ウィルス」の軽いジャブから入った習合霊が、焚き火に集まったポリコレたちを一人また一人とターゲットにしていく。雰囲気が濁り、鼻息が荒くなり、みるみるうちに焚き火台は阿鼻叫喚の地獄と化していった。お互いを燃やし続ける暴徒たちに恐れをなしたAは逃げ出したが、犬は逃げずにその場にとどまった。
やがて全てが消し炭になってしまった翌朝、Aがおっかなびっくり戻ってみると、灰の山からひょっこり犬が顔を出した。
「やっと吠え方思い出せたから、お前の言いたいこと全部ワシが言ってやるよ」と犬は言う。
「だったら俺に向けて、こっそり耳打ちしろよ」とAは言う。「大勢に向けて言葉と共感を届ける時代は終わった。真も善も美も興も、こっそり楽しむだけでいいだろ。訴えかけるほどの価値のある誰かさんは、もう死んじゃったしな」
空にはまだ習合霊が浮かんでいるが、ぷかぷかと空に舞い上がって見えなくなってしまった。次の獲物を探しているのだ。
〇
ここまで考えて非常に満足して2泊目を終えた。
で3泊目は続編。でも登場人物だけ引き継いでノリは陽気なコメディもの。
北方健三の「烈日」という「おしっこ漏らしてからが強いタフなおっさん」の話と、西尾維新の代表作「クビシメロマンチスト」の掛け合わせが脳内に降ってくる。
つまりは「タフなおっさんをちびらせるほどぼこったチンピラB」が零崎人識のポジションで出てくるわけだ。
Aと例の「武者小路実篤がいちばん好きだ」で〆るかっちょいい会話やらせる合間にリベンジしてくるおっさんと戦う流れになる。基本Bはバーにいてソルティドッグの塩ばかりを舐めている。で理由なんかなく人におしっこを漏らさせるのである。この妄想を肴ににやにやしながら話を膨らませるうちに夜が終わった。
他にもいろいろと細かいネタを思いついた。
――正直かなり手ごたえを感じた。俺、文学やれるわ。純でもなんでもないけど。長年自分の「俗悪好き」を悪癖だと思っていたし誰に読ませてもいい顔をされなかったけど、でもなんか、手ごたえがある。
「縛り」の多い商業向けのプロットもオチまで納得いくレベルで思いつけたし。
それ以上に「自分のインプットとインプットを掛け合わせてアウトプットにダイレクトに反映させる」型ができつつある。今まで何回もトライして何回も失敗してきたやつ。
雉鳴いて磐梯山の崩れけり。
関係ないものと関係ないものを関係させる。
好みの発想だったけど今までフォーマットがなかった。これはハイコンテクストで読者に事前知識が必要なこともあり、商業フォーマットには乗らない。(無理に万人向けにすると晩年の大江健三郎みたいな引用地獄になる)。
卑近で粗暴で短絡的で、別に書いても誰に褒められることも金になることもないが、ただ凶悪におもしろい。何より書いてておもしろいだろう。まさしく「吠え方を思い出した」に等しい。ありがとう中上健次。嫌いだからあんたみたいには絶対に書かないけれど。
何はともかく無事退院できたので、散歩してうまいものでも食べよう。
で、ちゃんと書きます。
にほんブログ村